「お、お前達‥っ!何と無礼な!!」

「……九郎っ!」

その場にいた景時が、堪らず駆け出した
九郎の肩を掴んでようやく押し止める。

「‥っ、景時!手を離せ‥!!」

「九郎っ!ちょっと落ち着いてよ‥
相手は子供なんだからさ!」

「しかし‥ッ!」

一瞬、怒りに目を見開き。
九郎はきつく唇を噛んだ。

「…っ‥。」

「……九郎‥。」

まるで不満が顔に張り付いているようだ。
きっと、いまも必死に怒りを抑えているのだろう。


「…な、なんだよコイツ‥!」

「ほんとほんと!いきなり怒りだしたぜ!」

唇を引き結び先程の九郎の剣幕に少々怯えつつも、
“そもそもの原因”達がそう言いかえす。

それを聞き、ますます傍らの彼の眉が吊り上がっていく様を
景時は困ったように見つめ、大きなため息をついた。





  【 誇 り 】





その日、二人はそろって墓参りに来ていた。

いや、彼らの世界での“その人”は実際まだ死んでいないのだから、
墓参りというのには少し誤りがあるのかもしれないが。

温かな木漏れ日が差す静かなその場所で
二人は気分よく語り合っていた。

少なくとも、穏やかな気候に誘われやってきた観光客の中、

一際クセの悪そうな目の前の子供達と出会うまでは……。




「あーっ!なぁなぁ!この墓って、あれ?
いいくにつくろう‥とかってやつ??」

「ああ!‥でもコイツ、
馬から落ちて死んだんだって!知ってるか?」

「うっわ‥!ほんとかよ!ダセェ!」


大きな声で笑いながら発せられたその言葉を、

源氏の棟梁、源頼朝。

その人を一途に慕う彼が黙って聞いているはずもなかった。



「お、お前達‥っ!何と無礼な!!」




ここで話は冒頭へと遡るのである。






「コイツ、意味わかんねー!」

「な、なんだとッ!?お前達‥!いい加減に…」

「……九郎〜‥。」

「……っ!」

ぽんぽん、と窘めるように叩かれた肩に後ろを振り返れば
景時が苦笑を浮かべて佇んでいた。

「景時。‥っ!…わかっている。」

「……うん。」



――相手が子供なのだということはわかっている。

でも……。


なんとか拳をおさめた九郎に安心したのか、
景時がそっと肩から手を離して前ヘ出た。

「あの‥さ?
君達、どうしてそんなことを言うのかな‥?」

「…はぁ??
だって馬から落ちたなんてダッセェもん!」

「そうだそうだ!
全然すごい人なんかじゃないんじゃんっ!
先生はウソつきだよ!」

「……あ、あはは‥。」

穏やかに問い掛ければ
すかさず飛んでくるキツイ言葉の嵐に彼が苦笑する。

「うーん‥でもさ?
人の悪口って、簡単に言っていいものじゃないよね?」

「…景時‥。」

一生懸命に、子供達を諭そうとする
その姿は眩しくて‥‥だけど。


「…あ〜っ!
お前も、もしかしてコイツの仲間なのかよ‥!!」

「え‥、え??」

「エラソーに説教すんな!
それにコイツを庇うならお前もダサい奴にすんぞ‥っ!」

「な…っ!!」

「あ、あはは〜‥」

なおも表情を崩すことなく、
へらへらと苦笑する景時を見たとたん、

頭の中が真っ白になった。

「……っ…」




そして

裏切られた、と思った。





「お、お前達‥!
兄上だけでなく景時まで侮辱するとは!
許さん!!そこに直れぇ‥っ!!」

「く、九郎‥!」



苛々した。



むしゃくしゃした。



だから、掴まれたその手を思いきり振り払った。





「離せ…っ!!」

「……ぁっ‥」




――景時‥お前は何故、平気なんだ!!?

兄上(あるじ)だけでなく自身まで馬鹿にされて‥

それで、どうしてへらへらと笑っていられる!?





「お前には‥お前には誇りと
いうものがないのか!?景時‥!!」

「九…」



驚きに目を見開く彼に、またも野次がとぶ。

「コイツらホントに意味わかんねーよ!
やっぱり馬鹿を庇う奴らは馬鹿なんだ!」

「そーだそーだぁ!」



「………っ!!?」



今度は。

今度こそはもう、止められそうになかった。

誰よりも立派な兄上を馬鹿にされたこと。

自身の誇りを汚されたこと。

そしてなにより…
自分が心から信頼する真の友を 侮辱されたこと。


「…っ、お前…!」


拳を、振り上げる。





「九郎!!」

しかし気付けば…


強く。強く。

振り上げた拳はしっかりと彼に掴まれていた。


痛いくらいのそれに振り返れば、
景時と視線が合い…

俺は思わず息を飲む。



「……か‥っ、」



「………。」




彼が、怒っている。



それは微妙な変化だったけれど、
自分にはすぐにわかった。

普段、温厚な彼が見せる
怒りの篭った眼差しに身体が震える。

そして、なにがなんだかわからなくなり

泣きたくなった。





「…、……君達さ。」

「…っ!?」





…景時――?


けれど、次に彼のその声に弾かれ顔を上げたとき。

彼の怒りの矛先が
自身に向いているわけではなかったことに気付かされた。




「…人には言っていいことと、悪いことがあるよね?」

「な、なんだ…よ‥!」




――ああ、
どうして俺は気付けなかったのだろう?

彼の誇りは…

変わらずここにあったというのに。




「オレの親友を、馬鹿にしないでくれるかな?」


「……ぁ‥」





「……景時‥。」


声をかければ、
彼が一つ息をつく気配がした。

子供達を怯えさせてしまったことに気付いたのだろうか…
口調や雰囲気はすでに常の彼へと戻っていて。




「…ごめんね。
お兄さん、ちょっと今・・大人げなかった‥ね。」


「「……っ‥!」」


頭を撫でられる感触に子供達が肩を竦める。

しかし、彼の穏やかな眼差しと温かい手に
びくびくとしていたその姿も落ち着き
次第に真ん丸な瞳がじっとこちらを見つめてくるようになった。

それを確認すると景時はまた穏やかに言葉を重ねる。



「‥あのね?
彼はこの人のことが大好きなんだ。
だから、馬鹿にされれば熱くなって怒るし
大切な人のためにいつでも一生懸命頑張ってる。」


「大切‥な…?」


「うん。
君だってそうでしょ?
兄弟や家族‥それから今、隣にいる彼。」


「…お、俺?」


「…コイ‥ツ?」


「彼は君の大切な友達だよね?
もし君の隣にいる彼が俺達に悪く言われたとしたら‥
君はどんな気持ちになるかな?」


「「……っ!」」


景時の言葉に、子供達が息を飲むのがわかる。



――ああ、コイツはこういう奴だった…。



思わず、強張っていた口元へも笑みが零れた。




「…もう君達にも、どうしてお兄さん達が
怒ったのかがちゃんとわかるよね?」

「……うん。」

「…わかるよ‥。」


「ん、よしよし‥。
じゃあもう簡単に悪口なんて言っちゃ駄目だよ?」

「うん。
…その…悪かったな‥」

「ごめんなさい‥。」

小さく呟かれた謝罪に笑顔を向け、
景時は彼等の頭をよしよし、と撫でる。


「ホラ、じゃあこのお兄さんにも…謝ろっか?」

「「…うん。」」


景時に促され、子供達の真ん丸な瞳が
恐る恐るこちらへと向けられる。

先程までの勢いはどこへやら…

どうやら彼等もしっかりと反省したようだ。



「お兄さん、悪かったよ…ごめんな。」

「お兄さんの大好きな人を
馬鹿にしてごめんなさい‥。」

「あ、ああ…」

申し訳なさそうに怖ず怖ずと見つめてくる瞳に、
少々バツが悪くなり
片手でガシガシと頭をかいた。

「いや‥俺こそ、ついムキになってしまって‥
その…すまない。怖がらせて悪かったな」

「…ううん。俺達が悪かったんだ。」

「もうあんなこと絶対しないよ‥!」

「そうか……」


それから、景時の真似をして笑顔で小さな頭を撫でた。

くすぐったそうに肩を竦め、笑う彼等に心もすっかり温まり。

景時と、彼等二人と、俺と、手を繋いでゆっくり歩いた。



穏やかな木漏れ日の中、温かな時間が流れる。


――こうしていると家族のようだ。


不意にそう、思った。



それはこの心地良い気候のせいか…

はたまた―。






「じゃあな!まぁまぁ楽しかったぜ!」

「お兄さん達、ありがとう‥!」


「うん、君達も気をつけて帰るんだよ?」


「おう‥!なぁなぁ兄ちゃん!」

「ん?なにかな?」

いつの間に買ってやったのか、
小さなお守りを握りしめた子供が笑顔で景時を手招きする。

覗き込むようにして彼が顔を近づける‥と。




――ちゅっ




「な…っ!!」

「わわ…っ!いきなりなに?」

「へへ‥!コイツのお礼だよ!
まぁ、それ以外の理由もあるにはあるんだけどな〜!」

「あ、俺もお兄ちゃんのほっぺにちゅーしたい!」

「な‥ちょ‥っ!」

「あはは‥!くすぐったいよ!」

口づけられてくすぐったそうに笑う景時と、
さらに口付けようとする子供達。



何故だ。  何故だ 何故だ。



それは端から見れば
とてもほほえましい光景なのだけれど。




――少しだけ、苛々する‥。



「お前らっ!もういいだろう?さっさと帰れ‥!」

「く、九郎っ?」

「あー!もしかして兄ちゃんヤキモチ?
わかったよ〜もう帰るから安心しろよ!」

「な‥っ!!!」

「ばいばーい!
また会おうね、お兄ちゃん達!」



「あ、うん‥ばいばーい‥」


戸惑いつつもひらひらと手を振る
景時の背を見つめながら、口元を手で覆う。


顔が‥熱い。




「……九郎??」


「…っ!‥帰るぞ!」

「あ…うん‥!」


真っ赤になっているだろう顔を見られないよう、
強引に彼の手を引いて歩き出す。



――ヤキモチ??

ヤキモチ‥嫉妬?

俺があの子達に対して!?





「……く、九郎?何か‥怒ってる?」

「べ、別に‥なんでもない!!」

怖ず怖ずとそう問い掛けてくる景時に
短い返事を返し、ひたすら早足で歩き続ける。




――この気持ちは一人だけ、
取り残されたように感じたからなのか、


はたまた……。





「ええい‥っ!
だから子供は苦手なんだ!!」

「九郎〜っ!??」




はたまた、それは別のものなのか…。

今となってはもう彼以外の誰も知るよしもない。


ただ――





「景時!先程は悪かったな。」

「え…??」



「その…誇りがないだなんて、
言うべきではなかったと…思う。」

「九郎……。」



これだけは、謝っておくべきだと思った。




「あれは…もう気にしてないよ?
それにオレだって、悪かったんだしさ‥。
ごめんね九郎。」

そう言って、彼は申し訳なさそうに苦笑した。

ああ、やはり‥いつも通りの反応だ。

でも、



「いや……
俺の方こそすぐに熱くなって
いつもお前に迷惑ばかり……」



「……迷惑だなんて思ってないよ?」


「…景時‥。」



優しい眼差しが自分を捉える。

それだけで、こんなにも心が温かくなるのは

彼が醸し出す、この雰囲気のせいだろうか‥?



「言ったでしょう?
オレは、そんな九郎が大好きなんだよ。
真っ直ぐで…一生懸命で。
…だから、迷惑だなんて言わないで欲しいな?」

「景時…お前‥。」


「オレの親友を馬鹿にするなら…
たとえ九郎だって許さないよ?
君も、オレの 誇り…だから。」


「…そう‥だったな。」



――そう、彼の誇りはちゃんとここにあり…


自分の誇りも、確かにここにある。






「…兄上のことを馬鹿にされたとき‥」

「……え?」

「お前‥実は内心怒っていただろう?」

「あはは〜‥まぁ……ね‥?」


小さく呟いた言葉に
まいったな‥と彼が苦笑する。




「だってオレは…さ?
これでも一応、源氏の軍奉行だから‥。」


差し込む木漏れ日に瞳を細めつつ、
彼は極穏やかにそう言葉を紡ぎ


視線をこちらへ向け、 微笑んだ。



「…だ‥だがお前は‥っ」


「だから、早く帰らなくちゃね? オレ達。」



「………っ!」



微笑むその顔に、気負いや偽りなどはまったく見られない。

それどころか、今、彼の瞳に映るのは

強く揺るぎのない決意の光で。




眩しくて



瞳を細めた。






「ああ…そうだな。」




そんな俺を見て、彼も笑みを深める。




「…うん!じゃあちゃちゃっと
迷宮解いて二人で仲良く帰ろうか〜?」

「はは‥っ!それはいい!!
言うからには本気を出せよ?」

「御意〜ってね!」



肩を並べて歩き出す二人の間を
心地良い風が吹き抜ける。

暮れなずんでいく街のオレンジと
並ぶ二人の影はどこか幻想的で

じんわりと胸が熱くなった。




「誇り…か。」




小さく呟いて笑みを浮かべる。









――お前は、オレの誇りだ。

まるで春の風のように温かく、柔らかく。

まわりを包み和へ導くのに、

安心して背を預けられる程の力量と
多方面での才能を合わせ持つ。

誰よりも平和を愛し


誰よりも…優しい男。



景時はオレの、



  誇りなんだ。









                                 ――君は、オレの誇りだよ。

                                    雁字搦めに縛られ、
                                    ただ空を羨み乞うだけのオレを

                                    その真っ直ぐな瞳で導き、連れ出して

                                                
                                    翼をくれる。

                                    溢れんばかりの情熱と
                                    決して折れない己が信念で、
                                    君は道を切り開き突き進むんだ。


                                    誰よりも情に厚くて


                                    誰よりも……眩しい光。



                                    九郎はオレの、



                                     誇り‥なんだ。








「九郎…」



「なんだ、景時」




「なんか、男二人で
手を繋いで歩くなんて照れるよね‥」

「‥言うな、馬鹿っ」


「な、何で怒ってるの?ええと……不満?」

「ふ、不満なわけ‥っ…ないだろう!」


「あはは、そうだよね〜」



「お前こそ‥やけに嬉しそうだな‥」


「うん!だってなんだかこうしてると…
前よりも〜っと仲良くなれたみたいで嬉しいからさ!」

「……おま‥っ!」


「ん?どしたの?九郎?」




「…なんでもないっ!!」







――お前となら




――君となら



どんな道も歩いていける。





二人、手をとり合ってどこまでもいこう。




  この先の――未来へ





                                          -fin-







******************

・・・・なんつーか、大人げない源氏のわんこ2匹。(笑)

えっ?? あれ・・? おかしいな・・;;(-_-;)
これ最初は九郎+景時の友情小説にしようと思ってたのに・・。
どこでどう間違ったんだろうか・・・?(ぁ;

これも携帯で作成したので、文の切れ目がおかしかったりしたらすみません・・m(_ _)m

とりあえず大好きな二人が書けたので、私としては満足です・・!(コラ;)

 九郎&景時! 源氏デュエット好きすぎる!!(//A//)